私の身近にはまじめな作業療法士(OT)が多いです。
彼らの悩み相談で よく聞く このせりふ。
「OTって何すれば いいんですかね」
「・・・・」
ほかの職の方からは、OTって大丈夫か?って時々言われます。
『「介護職」は「介護」は何すれば?とか「看護は?」とか
あんまりいわないよって言われたことがある。』
そんなに曖昧な職業なのか?
それとも、不安の中におり発される言葉なのか?
自分を思い返してみるが・・・
私も OTって?って 悩んでた時期あったのかな?
いつから 悩まなくなったんだろう
答えが見つかったから? 年くって流されてる?のか
どうしてだろう
ついこの前まで、私も
不安で、たくさんの本を 探して よみあさり
全国で がんばっているOTがいるってきくと
訪ねては 見学させていただきました。
抑制を条例で禁止した街
全国の
抑制廃止のさきがけの取り組みをした病院
国民的なヒーロー選手のリハビリをした病院
看護と同じように365日朝夕までリハをはじめた病院
ユニットケアをはじめた施設
有明海周辺の学びの会自分で一日のサービスを選択できる、元気のでるデイサービス
患者の投票(アンケート)により医師等の人気(満足度)調査をしている病院
すぐに思い出せるくらいに、たくさんの勇気をいただきました。
が!?
でも、わたしは 学ぶだけで まだ なんもぉ しちょらんの。
わたしは なんのために 学んだんだろ
きっと、後輩もこんな気持ちだったんかのぉ
あの「OTって?」ってきく後輩とは部署も離れ
話す機会は 少なくなってしまった。。
彼は 答えを 見つけたのだろうか?

実は今、学生指導を担当してる。
彼らの目は まっすぐで純粋だ。
先日、ある学生に最後にこんなメッセージを送った。
彼女は、感受性が豊かな分、抱え込む傾向がみえた。
自分が学ぶための実習ではあるが、懸命に現在もっている知識で
患者さんの必要に応えようと 努力しもがいていた。
だから、、
「答えはあなたが持っているものじゃないよ」って
手の平をひろげて、みせた。
「ほらこんな感じ。イメージだけど、楽な感じ」
−みんなからここから始まる−
必要としている人がおって
その方の必要に応える
そのとき、私の引き出しから
自分の提供できるものを お渡しする。
引き出しの多い少ないはあるが、
OTである以上
それもOTぢゃないのか?
引き出しは年々増やせばよし
自分の型をつくるのが先か?
相手の必要に応えていくことが先か?
わたしは、後者でありたい
誰かの言葉だけど
自分がどんだけ相手を思うかということよりも
相手にとって自分がどんな存在かということが大切。
OTが患者さんを選ぶのか?
患者さんがOTを選ぶのか?
最近ある専門学校のCMで「プロになろうぅ」って コピーがよく流れる
母の車椅子を押す孝行息子の言葉だ
プロフェッショナルの原語は
召されたもの 召命
自己中心の想いからくるのではない。
必要とされる 喜びを 価値を
後輩にも 学生にも伝えたい
−でも実は必要とされているつもりが、ほんとは必要としている−
今日はひさしぶりに ブログをかりて自分と向き合っています。
同僚から 今日、「ちゃんとブログ更新してください」って言われた。
人は気にかけてもらうと単純に嬉しいもんだぁ。。
だからいつになく長文。。
たんでぃが たんでぃ です。