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yasu 

Author:yasu 
忘れてく記憶に抵抗する日々のオモイ

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再建

私の住む町は
財政難から、庁舎の
新築をせず、倒産した
家具店の空き店舗に
入居した。

少しさびしいが、お祭りも
しばし中止や規模を縮小し
財政の建て直しに必死で
取り組んでいる。

最近、財政が少し好転して
きているというお話を聞いた。
不況が続いているので
さらに努力は続けねば
ならないのだろうが
私はこの町の行政や
職員を誇りに思う

今日は、不在者投票を
してきました。

この方々のような
地方行政での努力を
無駄にするような
バラマキ政策、
誰も責任をとらない
国政になりませんように。。

tomigusuku
やればできる!
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少しづつ

日本をたてなおそう
力をあわせて この国の
将来を 考え 行動しよう

50年後のわが子の幸せを願い
この苦難の道を 歌をうたいながら
歩いていこう

今すぐには 和解できなくても
少しづつ できるところから
はじめよう

私には わたしに与えられた
仕事を 一所懸命に
守り抜こう



出張

明日から、福岡出張です。
九州で活躍している起業家の
作業療法士や理学療法士から
通所や在宅系サービスの
企画運営などを学びに行ってきます。

学生時代からお世話になっている
K先生にもお会いできます。
沖縄から4名が参加します。

多くの学びと出会いに期待しています。
みなの健康が守られますように。

介護教室4

あしたは今年度、最後の家族教室 
きもちを感じとることが できますように

 

やさしいことば

うけとめてほしいのなら
できるだけ 
やさしいことばをつかおう

やさしくして ほしいのなら
そのようにしよう

しかって ほしいのなら
そうしよう

いっしょに ないてほしいなら
できるだけ いっしょになこう

そっとしてほしいのなら
そのよに しよう

このこを まもっていけるのなら
いのちさえも さしだそう

このこが いきてほしいと
ねがうのなら

くつうのなかでも 
わらって いよう


わるい ことばが
わるいのではない

わるいこと かんがえる
わたしが わるいのだ
わるい わたしが とびひして


このこの こころも
きづつける


ざんげのこころを
わすれずに

このこの みらいに
やさしいことばを 
ささげよう






そこにいたのか

かのじょが くるしんでいたとき
かれが なやんでいたときに

わたしは そこに
いなかった
いてやれなかった

かのじょが いたんでいるとき
かれが きずついたときに

わたしは そこに
いなかった


かのじょが さるとき
かれが ふせるとき


わたしは
そこに
いるのか



あなたは 
そばにいるのか

かぞく



しんじる
こころの
よわさよ
つよさよ


あたたかさ
つめたさよ




ささえるもの

利用者のやすらぎ
家族のやすらぎ
職員のやすらぎ


それをささえる
ものをささえる


利用者のくるしみ
家族のくるしみ
職員のくるしみ

そのだたなかで
もがくもの
くるしめる
ものはなにか













一握の砂

「さばかりの事に死ぬるや」
「さばかりの事に生くるや」
止(よ)せ止せ問答


こころよく
我にはたらく仕事あれ
それを仕遂(しと)げて死なむと思ふ


いのちなき砂のかなしさよ
さらさらと
握(にぎ)れば指のあひだより落つ

kin4
石川啄木 一握の砂




愛について考えた

愛とは
ただ
そばにいること

平和

ゆるすこころ
ゆるされるこころ

介護教室

明日は久しぶりの
外部での介護教室

準備不足は、やる気で
カバーしてがんばります!

よい出会いがありますように


介護教室inうるま市

給料日

なんか
やっぱ
うれしいや

たんじゅんに
いこう

かぞくと食事にいきましょう

ストレス

 宇宙から帰ってきた飛行士は
 骨が、スカスカになっているんですって、、
 重力(ストレス)がかからないと
 弱くなるんだって

 適度なストレスは、ひとを高めてくれる
 抱えきれぬストレスには、どう対応しよう。
 
 無視する
 正面から向き合う
 他人に預ける
 ちょいと 後回しにする

 どちらも 正しい選択のような気もする
 ただ、つねに正面から向き合うほど
 私に そんな力はない


 私にとってのストレス?
 
  昔であれば タイムカード
  管理、教育、指導、報告書
  面会、人前での両親との会話
  眠れぬ夜  原稿の締め切り

  
 占領意識まるだしの司令官
 軍用地収用委員会
 

 今は?
 後輩の解決できぬ悩み
 ご家族の解決できぬ苦悩

 
 自分自身から、他者への関心へと
 心が動いている
 よかった  少しは 大人に近づいているようだ



 
なんでだろう 急に
 病床で死ぬ間際まで、
 私のために祈ってくれた友のことを
 思い出した。

 やせ細る彼にかけてあげる言葉を失い
 足が遠のいてしまった。死にむかうものに
 かけることばをもたなかった。ただそばにいるだけで
 よかったのかもしれないのにと、いまは後悔しています。



 せめて
 彼の 気持ち
 彼の家族のことを 
 私は忘れない



 

 友といえば、
 昨日は、私の中で 唯一無二の存在
 強烈な存在の作業療法士が沖縄をさることに
 なった、最後の挨拶で「私にとって●●さんは
 大きなストレスでした」と告白した。これは
 ーあなたがいなければ、私は中身のないスカスカの
  もろい骨になってしまいますよー 
  という尊敬とLOVEメッセージだったのだが、
 伝わっただろうか。



 
  気持ちはちゃんと 言葉にして伝えよう
  ことばにならなくても きもちをつたえよう
  

  

  

 

  

父親とのエピソード

  昨日の事例検討会でのある人の発言がココロに残っている
  文字にすると たった一行なのだが


  「横断歩道を一緒にわたる経験」
   

  ・・・・・・・どきどきしながら 横断歩道をわたった経験・・・


  記憶メモ


  兄を病でなくした経験のある両親は
  弟である私をどういう気持ちで育てたのだろう
  病弱でもあったので  たくさん心配かけたんだろうな
  わたし自身も 少なからず 親のココロの影響から
  守られながら 育ったんだろう


  
  
  ―何を振り返りたかったのか?
   模索しつつ書いているので
   話がとびとびだなぁ―




  自営業の両親は かといって
  子育てに時間をかける ゆとりもなかった
きっと、後ろめたさもあっただろう
 
  
  両親との約束は いろいろとあったろうが
  意識された記憶に残ってるのは
  「この道から あそこに一人で行ってはいけないよ」
  というものだ。
  団地っ子の私は、地元の住宅街との
  間にある道を渡ることは 許されなかった
  
  なんとなく、 あそこは こわいとこ
  というイメージだったなぁ

  大きな(父親)手に連れられて
  横断歩道を 手をあげて渡るときの
  感覚を 昨日の事例検討会の中で思い出した


  ひとりで、親の目、周囲の目をぬすんで
  道の反対側に わたったときの
  罪悪感、居心地  冒険心 達成感
  最初は数秒、わたること自体が目的
  
  その後、反対側に何があるのか
  気になりだした。
  やんちゃな 友達が
  自転車にのって 道をわたって行く
  両親との約束、 向こう側への興味
  友達のあとを追い 奥へ奥へ

  向こう側の人は 怖くて
  みんな わたしより 体がでかくて
  いそいで 帰ったなぁ


  なんだ 今も昔もかわらぬ
  誰かが 渡らないと 渡れぬわたし
  今度は 子の手を引いて「大丈夫」と
  言ってみよう。


 
 それぞれの道へ
 

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