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yasu 

Author:yasu 
忘れてく記憶に抵抗する日々のオモイ

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ひとつのことば

母の教え
人を傷つけてはいけない

父の教え
人に親切にすること
(彼の場合、天然素材)

亡き兄の教え
一粒の種となれ

最後に会えなかった
幼馴染の遺言
会いたかった

尊敬する先輩の教え
つらいときは
食べて寝ろ

尊敬する師匠の教え
熱意とはことあるごとに
意志を表明すること

家族を救ってくれた方
親の心とは

同僚
ただ話を聞いて
泣いてくれた

遠い記憶
深い記憶

あやふやに
残ることば


彼らの言葉がわたしの
人生そのものをつくっている


ひとつの言葉のおもさよ





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これは夢ではない

これは夢ではない

フェンスがなくなり
自由に東へ西へと
島を歩いて
いけるようになる

これは夢なんかでない
あぶない低空飛行しないで
大空を自由に飛ぶことができる

これは夢なんかじゃない
どの国の人も島で手をつなぎ
お互いを信頼しあって
文化の要石となる

これは夢なんかじゃない
老人や子供がもう涙を
流すことがなくなる

これはもう夢なんかじゃないのさ
We shall overcome oneday


自分の皮膚感覚を信じようという信念と
冷静になれと、自分を疑う心が交錯するんだなぁ

だって人間だもの

ルーツって何なんだろ。場所か時間か、思想か宗教か、どこで線引きすれば見えてくるんだろ。友情がそれを超えていきますように,,

眠れない島

沖縄に基地があるのでなく
沖縄そのものが基地だという

基地から解放され発展した若者の街
新都心の上空を、日米が飛ばさないと
言ったオスプレイが飛んでいく

三線と空手にサツマイモ、陶器にと
多くのものをこの島に伝えた
人々との戦を煽る人たち
...
遠くから人を傷つける発言を繰り返し
震災直後にこれは天罰だと言い放ち
過去には水俣の被害者を傷つけ
その都度謝罪をくいかえしては許し願った人よ

今またお金でそれを解決しようと
だがその代償をはらうのはだれか

ものは作り直すことはできるが
命は何にも代えられない宝だと
島人の血で書かれた命を結ぶその手紙に
親から子へと語り継がれてきた平和の文字

おきなわは泣いてる
復帰して40年かわらぬ
その心に沖縄が怒っている
事件や事故を装い人をコロスな
憎しみを煽り隣人をコロスな

基地を国外と約束した人は
どこへ消えたのか
今その代償にせめて
瞼にそれをやきつけて
一緒に泣いてくれよ

おきなわが怒ってる
おきなわが泣いている
おきなわは眠れない

「笑えば光が見えてくる」

今日の地元新聞に
普天間封鎖の座り込み
それを排除する沖縄県警の
県民同士がぶつかりあう
その姿を笑いながら見てる
米兵の姿が映っていた

あの場にいて何を笑ったのか と、、、
その状況を悲しいとは思うけどさ
怒りの気持ちが不思議とわかない
チムグルサよ

もともと「笑い」は、この島を守ってきた
沖縄はお祝いのときだけでなく
苦しいとき悲しいときにも
歌い踊り そしてユーモアを忘れず
笑いで今を未来をきづいてきた。

沖縄に希望をとりどそうと
生き残ったオジーオバーに
「命のお祝いをしよう」と
敗戦直後から 三線をもって
地域まわり 笑顔で元気にした
ひとりの医師がいた

世界に愛の革命をとメッセージを
島にとどけたピエロ姿の医師も
同じようにユーモアは人の心を開くと

怒りに震える脳にも
先輩方の姿勢に学べと
子らに未来に光があると

私も今を笑いたい
でも悲しんでいる人を
笑うことは 決してしまい




「座り込み」について

「座り込み」について

・防衛畑の高名な方も「世界一危険」「ヘリの危険性」に
 ついて国会で言及している。
 その際の論点『政府の姿勢批判』について
 私もほんとにそう思います。

・そして地理的な理由などには言及していないし
 日本国内は自治体の反対でできなかったとちゃんと
 どこも受け入れないから、名護だったと 言及してる。

・ただ、名護市民は基地移設を受け入れてはいません
 住民投票でNOの意思表示もしていますし、この問題で
 市長まで移設反対派の方に変わりました。

・政治家は政策実現のために 言葉に責任を持ってほしい
普天間基地の国外移設を訴えたので 民主党に投票しました
でもこの島の将来が 『消去法』で選ばれてる それが現実
 今回のオスプレイ配備での日米の約束破りについても
 国の代表の言葉があまりに軽すぎる
 
だから、、私は腕を組んで座り込む

台風のつづき

先週の台風で被害にあわれた方々、復旧作業の
途中にある皆様が、少しでも体を休める夜であり
ますように、、

9月からつづくあらしの前に 人は無力でした
海の上にも滑走路の上にも 平等に雨風は
吹き付けました。

わたしには、ゆっくりと近づくアラシから
冷静になれと悲痛な叫び声が聞こえてきます


だから私もクールに 
なすべきことをなします


食べて寝よう

ひとの言葉は、不思議だ
記憶に残る言葉は、その人の
イメージを未来に残してく

なんてね、初恋で失恋したとき
人生が終わったように感じた
そんとき学校の先輩が
「とりあえず、食べて寝ろ」と
言ってくれた。なんかそれを
今もつらいときに思い出す

今がつらいというわけでなく
つらい気持ちでいるひとに
つい「食べてるか、寝てるか」と
繰り返している私がいる

だれもが私のように単純な
はずはないが、言葉の
うしろにある わたしが
うけた愛を だれかに
また手渡したいんだなぁ

とりあえず 今日は
たべて ねます

先輩、娘が夕飯つくって
くれました

ニライカナイからの手紙

タイトルも知らないで なにげなく入った映画に
言葉は悪いが 胸ぐらをつかまれることがある 

親思う子、子を思う親、家族、友人 
そんなひとりひとりの物語は
ひとの数だけあるのだろうなぁ

核家族化や孤独死がよく話題になるが
20年前の老人病院と比べると今は
ずっと環境がよくなってる(たぶん)

面会者の数も増えた「ひ孫の結婚式までに
歩けるようになりたい」といって頑張る三桁超えの
スーパーオバーや 余命いくばくもないのを知っているのか
「ひとめ海がみたい」という方、老人病院といっても
生きるエネルギーと死のエネルギーが交錯しているのが
わたしのようなものが働く老人病院だ

年齢とともに、人は役割を 誰かに託したりして社会的には
身軽になるのだろうか でも家族の中ではどうだろう 年を重ねても
親の年を超えてゆくことはできない 風車を回しても
童心に帰るわけではないし 親は親、子は子 
子も親になるが ひとりでそうなるわけではない

人は関係の中で生きているその人を理解する人がいないということは 
悲劇の連鎖を生む、島で生き抜いてきた方々を理解することは
この島の過去ではなく、この島のこの国の未来そのもののようだ

なんてことは、この映画「ニライカナイからの手紙」
をみたときに考えたわけではないが
蒼井優ちゃんと 主題歌の「太陽の花」に泣けた。。


なんだろ
おやすみなさい





思い出の詩

宮良先生から教わった詩を思い出しました
明日のために、今日は寝ます

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ナチの連中が共産主義者達を連れて行った時、私は黙っていた、
私は共産主義者ではなかったから。

彼らが社会民主主義者達を拘留した時、私は黙っていた、
私は社会民主主義ではなかったから。

彼らが労働組合員達を連れて行った時、私は黙っていた、
私は労働組合員ではなかったから。

彼らがユダヤ人達を連れて行った時、私は黙っていた、
私はユダヤ人などではなかったから。

そして、彼らが私を連れ去った時、私のために抗議してくれる者は、
誰一人残っていなかった。

                    マルティン・ニーメラー

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