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yasu 

Author:yasu 
忘れてく記憶に抵抗する日々のオモイ

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待望

沖縄県知事候補 
私が選べるのなら
西銘さんに出てほしい

わたしゃ入れないけど
民主主義で
ガチンコできる

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存在感

「ぐうたらな人の医療費、全部俺の税金で賄うのは不公平」、、だって、、(2014.5.26国会での麻生財務相発言)
以前、糖尿病って病名だして同じようなことを言ってた。まったくの誤解、糖尿病そのものに先天性の病があり偏見を助長する発言だった。(もちろん先天性でなくても問題発言だけど)国会でこんな人の発言そのままにしちゃだめだよ。医師だけでなく医療からの代表も国会にはいるでしょうに、保身に走らず、存在感みせてください。見てますよみんな

つぶやき

新たな雇用の創出って、もうすぐこの国の労働者人口は減って
社会そのものを維持するのが大変になるっていうのになぁ、、

職域拡大って特定の職種のエゴになっていないか?
社会保障制度を担う一員として、今やること、求められていることは何か。
縮小は悪いこっちゃない。って私は思う。

物語

日本の歴史をぬりかえたい方々は、
米国が広島、長崎市民を原爆で
無差別にコロした件は、どう考えているんだろぅ

声をあげないと死んじゃう

.平成18年医療保険の改定で「リハビリ難民」という
言葉がうまれた年のことを思い出した

「医療の名のもとに抱え込まず
 福祉の名のもとに切り捨てず」って
リハの理念を細切れにされて怒りまくっていた際に
大先輩から声をかけていただき少し冷静になれた。

それでも「やっぱこの改定はおかしい」って声をあげたとき
最初は見向きもされなかったけど
だんだんと仲間の賛同の輪がふえていき
県内でも短期間で1万人の署名、
全国では44万を超えた署名となり、
急な改定にある程度の歯止めをかけることができた。

その時、はじめて道路使用願いを申請して同僚らと
国際通りに白衣姿で署名集めもした。
あのときに黙っていたらどうなってたろう 

今 精神科病棟を居宅にみたてた施設を認めるような
うごきがある。そして そのことに勇気をもってNOという
当事者と医療者がいる。階層的な組織が強い業界のため
こうした声をあげることには勇気がいる。

でも、なんのために私たちは存在するの?
その意義や理念を失わないよう声をあげていかないと、
自分もしんじゃうよ


病院は決して地域ではない

部品

ペットボトルや風防ガラス、
ジェットエンジンのネジ、
200kgのドラム缶を四つ
落としたくらいで騒ぐなって?

昨日は若者が米国で
オスプレイから落ちて
亡くなりました。

いくつだろ
どこの出身だろう
家族や友人の悲しみを
想像してみる

彼は部品なんかじゃない
彼女は部品なんかじゃない

なんだろ、まったく、へんだ

復帰42年目の平和行進から帰った昨夜

深夜TVをつけたら 公金つかって
沖縄観光ふとももシール作ったあのお方が
カウンターでカクテルで一杯やりながら 
マクルビー米国総領事と対談するという番組をやっていた。。。

この方、最近メディアや医療関係の年始会で
頻繁にみかける。どこかで立候補予定しているのだろう
もうあの一件以来、姿をけしたと思っていましたが

昨夜の番組の〆のコメントは、
「国があなたのために何をしてくれるかではなく、
 あなたが国のために何ができるかを考えようでは ありませんか」
マクルビーの尊敬しているってJ.F.ケネディの言葉を引用

今の島の情勢を考えると 私には
なんだかリンカーンの徴兵の呼びかけみたいに聞こえました

なんだろ、まったく、へんだ、
GOOD MORNING OKINAWA

便所に例えられた島

記憶メモ 1999.5.10 #産経新聞
沖縄県名護市でサミットが行われることをうけ

*記者・久保紘之がコラム『天下不穏』で、「 沖縄サミット 〜コローニアルなにおいの“英断”」と題して、小渕恵三首相がサミットを沖縄で開催するのを決めたことに対し、「国家も家と同じで台所もあれば便所もある。しかし、お客を台所や便所の中で接待する主人がいるかい?」と掲載した。


こんなに島に対して侮辱をおこなってきた人たちが
今度は、竹富町に自分たちの価値観をつづった
教科書の押し付けを行っています。 

はっさよ いったーあんまー まーかいが、

heiwa

以前、アフリカの孤児や難民の救済に募金活動をしていた方に
ストレートに「勝共連合の方ですか?」と聞いてみたことがある
質問には答えずに、アフリカの難民救済のために活動しています
募金はそれらにあてますとくりかえすだけだった

で、、友人がカルト救済の働きをしてて少し知っていたこともあり
パンフレットの番号に電話してみたら「はい統一協会です」と、
「募金の団体なのでは?」と問うとあわてて「○○○です」と団体名を
言い直した。集団結婚式、高額な印鑑や壺を買わないと不幸になると
不安をあおり購入させる霊感商法と社会問題化した後なので彼らの
募金集めの方法について知っていた。以来、募金を求められると
何につかわれるか、どのような団体なのかを確認する習慣がついて
しまった。3.11の時に多くの募金が集められたし、少しだけど集める
活動も行った。その時に友人や職場の人間にうるさく思われようと
これは「支援金」「義捐金」なのかと目的手段について議論もした。
いろいろ選択して送金したが直接被災地に人や資金が届くまでに
紆余曲折があった。公的な機関でさえ職員の給与や賞与にあてていて
その後批判をあびた。

さて、東京都が尖閣を守るためにと集めた
「尖閣島寄付金」は14億あまり。その後の
あわてた国による購入、国境問題の炎上と
自体は島人の背中を戦場へと押しだすように
進んでいるように感じる。立っている場所が
ことなると見える風景も異なるものだ。

今の私の目には、この人の文字に
怒りしかわかないが、このひとに思いを
託して募金した人がいるのだという事実を
見つめたい。そしてその使われ方について着目したい。

石原氏の御礼状
http://www.chijihon.metro.tokyo.jp/senkaku/download/governorMSG.pdf


人は不安になると安定を求める
強いもの(そう見えるもの)に庇護をもとめようとする
ことも理解できる
そして不安をあおって、大きな壺を買わないかと 
よってくる人らがいる お互いの利害は一致するのだろう
負える範囲のことであれば、しかしそれで子らを守れない
私は祖父母、親の経験からそう教えられた

それが『命どぅ宝』
それは、力を中心に広がる世界観ではなく
弱く小さなものを守る親や家族のような地域が広がる世界
だから弱いものでも一緒に生きていける価値観だと理解している

「あきさみよ、いくさがくるってよ、命が大切さぁね」

今年は復帰42年目の #平和行進
友人らと島の未来を想像し 歌いながらあるきます

雑感

今でも尖閣や国境問題に火をつけた 
あのご老人のことは なかなかゆるせない
全国知事会での、全国応分の負担をとの
仲井眞知事の訴えも意識的にスルーさせていたのを
ワジワジーしたのを覚えている 

さて沖縄市は別として国境により近い石垣市に
住む方々の中国への不安(対象のはっきりしない恐怖)は理解できる
オスプレイや海兵隊の働きが尖閣とは関係ないと
どんなに理性的に話したとて感情的な問題は別だとも思う
だからやっぱりその不安へのケアは必要なのだろう
私なんかが考えたりケアできるような小さな問題ではないかも
しれないけど、「愛国無罪」と掲げる相手に対してちゃんと批判的な言論も
しなければならないだろうし、「理性愛国」を掲げた少数の中国市民との
結びつきもできたらよいなぁとも思う 

でも小市民の私にできることが ネトウヨの相手かぁ?
人生あんまし そういうのについやしたくないなぁ
で?ちゃーすがや  

今日は桜坂劇場で「北朝鮮強制収容所に生まれて」を
http://www.u-picc.com/umarete/
見てきた。強制収容所から脱出した方の証言の重さに
気が滅入って ぼっーとして映画を遠くから眺めている感じだった。
自由というのは平等に与えられているわけではないんだと あらためて思った
あと、もう鉄条網をみると気分が正直滅入る。

今は夢が必要だ 人は明るいところ希望のあるところに
安心や未来を見出す  暗い夜を照らすキャンドルが必要だ
それをテーブルの上にのせるのは大人の役割
さて 私に何かできるのか 


平和を

今日は職場の上空を戦闘機が2機、10分おきに3回
超低空で旋回した。普天間の司令官の交代式の時に
祝砲のように、爆音をひびかせあまりの音に鳥肌が
たったことがある。今日はあの日以来のひどさだった。

窓をあけて百合を眺めながらリハビリしている
沖縄戦の体験者らのいる訓練室内にも響き渡った
その中の一人の方が泣きだした

その涙の意味がわかるか 

あまりのことに防衛施設局に電話で抗議したら
「(米軍に)配慮するように伝える」という
丁寧だけど誰かに尋ねながら応えるような
間と調子でだった。

「これは抗議です。介護をしている
方が泣きだすほどの爆音なのです
仕事的に片づけるのでなく、米軍からの
抗議に対する回答がほしい」と伝えると
「つたえるが応えはいつになるかはわからない」
そして「配慮するように伝える」と、、

この島では、小さな平安を米国の法律も
日本の法律でも守ってはくれない

はっさよ いったー あんまー まーかいが

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